【産経新聞社】大阪甘味(スイーツ)図鑑(2012.5.12朝刊)

街の洋菓子店ゆえのカステラ

近年、洋菓子店でカステラをよく目にする。「まさかケーキ屋がカステラを作るなんて頭になかった」とジャンルプランのオーナーシェフ、三宅博司さん(47)。東京で洋菓子作りの修業を積み、平成4年に地元の大阪市城東区で店を開いた。

 最先端のおしゃれなプチガトー(フランス語で「小さなケーキ」のこと)を並べると、「ケーキはないの?」と言われた。三角形のイチゴショートのことである。「高いね」「小さいわ」と客は言いたい放題。しかし、「この街で受け入れられるものを作らないと売れない。おのずとその声に耳を傾けるようになり、商品も自分も変わっていった」と振り返る。

 10年ほど前からは「カステラはないの?」と聞かれるように。カステラは和菓子店の領域だと考えていたが2年前に重い腰を上げ、大人も子供も安心して食べられる“ケーキ屋のカステラ”を作る決意をした。
「馥郁(ふくいく)」は生地を焼くだけのシンプルな製法だが、それだけに奥が深い。生地をオーブンに入れたあとの「泡切り」と呼ばれる工程が焼き上げの鍵を握る。焼成中に生地を取り出し、気泡をヘラで切る作業だ。これで焼き上がったとき生地が均等にふくらみ、ほどよい食感が生まれる。

 季節で異なる卵の状態を見極めながらの作業は、熟練を要する。常にオーブンから目を離せない集中力も要求され、まさに毎回が真剣勝負だ。

 香りにもこだわる三宅さんは「卵と粉の香りを最大に引き出せるポイントを求め、配合や焼成の時間、温度などとことん研究した」と言う。

 こうして作られた“ケーキ屋のカステラ”。ふくよかな生地の、意外なほど軽い食感に驚かされる。洋菓子のスポンジに似た口解けだ。しかし、フルーツやクリームなどの組み合わせで初めて構成要素として成り立つスポンジと異なり、「馥郁」は単独で際立つ存在感をアピールしている。

 「最高の状態で食べてほしい」と、焼き上げから1日置いて味が落ち着くのを待つ。「今日焼いたものを明日売る。だからいくら売れても追加はできないし、これを繰り返すため休業日をなくした」。三宅さんの強い思いがくみ取れる。

 商品が定着すると、今度は「切ったやつは?」。すぐに個包装で販売するとさらに反応がよかった。今では一本ものはやめ、個包装のみの販売に。こうした客との言葉のキャッチボールの積み重ねは、いかにも大阪らしい馥郁とした空気に満ちている。
(文と写真「関西スイーツ」代表・三坂美代子)
【もうひとこと】
 黒糖入りはちょっとクセのある味と香り。一度ハマるとやみつきになりそうです。

【住  所】大阪市都島区都島本通2の14の6
【電  話】06・6923・6722
【営  業】午前9時~午後9時(無休)
【最寄り駅】大阪市営地下鉄都島駅
産経関西 スイーツ物語 2012.5.14
msn産経ニュース 2012.5.19.13:00